直線上に配置

円谷英二的日本特撮映画史



日本海大海戦
海ゆかば
 
1983年(昭59)6月4日公開/東映/131分/
カラー/シネマスコープ
 
製作 幸田清 脚本 笠原和夫  監督 舛田利雄
撮影 飯村雅彦 音楽 伊部晴美  美術 北川弘
 特技監督 中野明慶  撮影 山本武 美術 小村完
合成  宮西武史  操演  松本光司 特殊効果 渡辺忠明
出演-沖田浩之・三原順子・宅麻伸・横内正・佐藤浩市・ガッツ石松・伊東四朗・平良幹二朗・三船敏郎


「203高地」「大日本帝国」に続く東映戦争映画の最終作。

沖田浩之の軍楽隊中心に描かれているが、三原順子とのやり取りがくだらな過ぎでまったく見ていて辛い。
脚本の笠原はよくもまあ、あんな支離滅裂な女を造形したものだ。二人の関連するシーンをバッサリ編集でカットすべきだったろう。
しかしそうするとスカスカの戦争ものにしかならないので、さらにひどい映画になったろう。

東映は前2作で、お涙頂戴戦争映画に味をしめたらしく、日本側が大勝利した日本海海戦を
悲壮なまでに苦戦した描写を積み重ね、沖田のトランペットで泣かそうとしたこの映画の構成は、戦犯ものだと思う。
歴史を捻じ曲げるな。30分で勝負がついた交戦だったのだ。

特撮シーンは、大プールがなかったのか望遠気味なカットに始終して、誤魔化し続けているかんじだ。
日本側が直前に大回航して勝利に導いた作戦説明もなく(ナレーションの仲代はどうして喋らないんだ)、双方が大砲をぶちかましているだけの印象。交戦の詳細を説明すると、艦内での悲惨な状況と整合性が成り立たなくなると考えたのだろうか

以下Wikiより転載

---------------------------------------------------------------------------------------------------------

日露戦争での日本海海戦を扱った作品。主人公は沖田浩之扮する軍楽隊員で、戦艦三笠に乗り込んだ軍楽隊を中心に描かれている。同じ舛田利雄監督と笠原和夫脚本による『二百三高地』(1980年)、『大日本帝国』(1982年)と合わせ、「東映戦争3部作」と呼ばれる。
なお、冒頭の要塞攻略シーンは、『二百三高地』から流用されている。なお三船敏郎は、1969年に東宝系で公開された『日本海大海戦』と同じ東郷平八郎役で出演している。

製作の公表は1982年2月で「東映の来年(1983年)の大作二作が7月にクランクイン。一つは、来年正月第二弾公開の深作欣二監督、尾崎士郎原作の『人生劇場』。脚本が5月下旬に第一稿完成、10月初号完成の予定。もう一つは、来年夏公開の大作『日本海大決戦』(監督・舛田利雄、脚本・笠原和夫、原作・江藤淳)。年内クランクアップ、来春完成のスケジュールになっている』と告知された。

脚本の笠原和夫が「またぞろ東郷平八郎を正面から描いても仕方あるまい」と、軍楽隊を扱うことにした。海軍の軍楽隊が戦闘に参加したのは日本海海戦だけで、これは使えると直感し変化球勝負に出た。結果、岡田茂東映社長(当時)は「近年稀に見るええ本やったけど、映画になったらあかんわ。あの監督、音楽的才能ないな」と総括した。

脚本の笠原和夫は、本作終了後、東宝で『零戦燃ゆ』の脚本を書いた後、岡田茂東映社長(当時)に呼ばれ、「"昭和天皇の映画"を作ってほしいと瀬島龍三から頼まれた、お前頼む」と脚本執筆の指示を受けた。脚本は書き上がり、入江相政侍従長や瀬島にも見てもらい、岡田社長からもOKが出た。しかし宮内庁などの反対を喰らい頓挫。その後、5、6年の間、出来そうで出来ない状態が続き結局ボツに。力を入れた脚本が流れた笠原は大きなショックを受け、これ以降仕事に力が入らなくなってしまったという。




TOP

弊社の配信するコンテンツ・動画等の整合性・信頼性に関しては万全を期しておりますが、
それにより生じた損害に対しては一切 の保証を負いかねます。
弊社が提供するコンテンツを無断で複製すると、著作権侵害となります。
Copyright (C) 2020, zeicompany. All rights reserved.
Free to Link
直線上に配置