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円谷英二的日本特撮映画史



日本沈没
 
1973年(昭48)3月17日公開/東宝/82分/
カラー/シネマスコープ
 
製作 田中友幸
田中収
脚本 橋本忍  監督 森谷司郎
撮影 村井博
木村大作
音楽 佐藤勝  美術 村木与四郎
 特技監督 中野昭慶  撮影 富岡素敬 美術 井上泰幸
合成  三瓶一信  操演  松本光司 光学撮影 宮西武史
出演-小林桂樹・藤岡弘・丹波哲郎・いしだあゆみ・島田正吾・二谷英明・滝田祐介・中丸忠雄・夏八木勲


前作「ゴジラ対メガロ」から9ヶ月後の公開。

1970年の円谷英二死去から3年。東宝の特殊技術の久々の大作となった。
前作の酷評を耐えての、東宝にしか作ることができない映画。

細かいところはツッコミどころはあるが、日本自体が沈没するという奇想天外なアイデアを、東大教授総出演で真実味を加味して作り上げたのは、やはり田中友幸プロデューサーの功績だろう。

円谷英二、有川貞昌に続く3人目の特技監督の称号を与えられた中野昭慶監督は手堅くまとめている。
しかし、建築工学を取り入れての地震の倒壊シーンは良いとしても、ともかく派手に爆発するガソリンスタンド、コンビナートは
阪神大震災、東日本大震災を経験した目から見ると、少ししらける。地殻変動とともに列島が沈んでいく描写も、派手に爆発し過ぎ。
ただ、衛星から見たイメージでの日本列島の俯瞰ショットは素晴らしい出来だった。

ラストの、離れ離れになった藤岡といしだは、続編期待があったのだろうか、溜飲が下がらない。

いろいろ問題はあっても、世間的にも、会社的にも、やはり東宝映画に特殊技術は必要なのだと再認識させた意味は大きい。


以下Wikiより転載
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東宝映画・東宝映像の製作、東宝の配給で1973年12月29日より正月映画として公開された。
映画化の企画は東宝プロデューサーの田中友幸によって小説の刊行前から進められており、「映画化のあと、TBSでテレビドラマ化する」という契約が交わされていた。このため、撮影現場にはテレビドラマ版のスタッフも2台のカメラを持ち込んで撮影参加している。

監督は黒澤明作品でチーフ助監督を務めた経験がある森谷司郎が、脚本は同じく黒澤作品に参加していた橋本忍がそれぞれ担当した。製作期間は約4か月と短かったが、約880万人の観客を動員し、配給収入は16億4000万円(1974年邦画部門配給収入1位)を挙げる大ヒットを記録した[3]。また、中野昭慶が監督した特殊撮影もアジア映画祭の特殊効果賞を受賞する評価を受けた[3]。本作の成功で、森谷司郎は『八甲田山』などの大作映画を任せられる監督の地位を確立し、東宝も本作に続く形で『ノストラダムスの大予言』(1974年)、『東京湾炎上』(1975年)までパニック映画を一つの路線として敷くこととなった。

アメリカ合衆国では、1975年にロジャー・コーマンのニューワールド・ピクチャーズにより『Tidal Wave 』のタイトルで公開された。ハリウッド俳優を使った追加撮影も行われたが、オリジナルより大幅に短縮されている。

本作で特技監督を務めた中野昭慶は、東宝特撮映画では円谷英二・有川貞昌に続く3代目の同役職に就任した。
本作品では建物の倒壊に建築工学を考慮するなど、科学的に裏付けされた描写を重視しており、従来の怪獣映画などのような特撮のイメージを払拭ふっしょくしている。制作費のうち、特撮には2億5千万円が費やされた。

俯瞰ふかんした日本列島のセットでは、従来の特撮で海の表現に用いられていた寒天に代わり、青い染料を溶かしたディストメイトを用いている。
東宝第7スタジオに1/1200スケールで建てられた富士山のセットは、スタジオの外から望遠カメラで撮影し、空気感を再現している。
倒壊する日本家屋のミニチュアは、ディテールを表現するため、壊れる描写からの逆算で1/10スケールで作られた。

コンビナートの爆破シーンでは、炎がステージの天井を焦がしている。特撮助監督の田淵吉男は、自身が特殊効果の渡辺忠昭にガソリンの量を多くするよう指示したのが原因であったと述べている。



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