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円谷英二的日本特撮映画史



燃ゆる大空★★★
1940年(昭15)9月25日公開/東宝/138分
モノクロ/スタンダード
  
製作 阿部豊 脚本 八木保太郎  監督 阿部豊
撮影 宮島義勇 音楽 早坂文雄  美術 北猛男
 特殊技術撮影 円谷英一
奥野文四郎
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出演-大日向傅・高田稔・長谷川一夫・清川荘司・月田一郎・灰田勝彦・大川平八郎・藤田進
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【解説】
陸軍省・陸軍航空本部全面協力のもと、皇紀2600年記念として製作期間3年をかけて制作された国策映画。

日中戦争当時の帝国陸軍の実物軍用機947機や装備、および現役空中勤務者らが撮影に参加している。当時最新鋭の九七式戦闘機や九七式重爆撃機などが大量に使用され、
また旧式の九五式戦闘機が中国空軍(国民革命軍)のI-15役として出演している。

飛行シーンのほとんどは特撮やニュース映画などの既存フィルムの使い回しをせず、実機を実際に映画のために飛ばし撮影している点で『翼の凱歌』『加藤隼戦闘隊』と並び、評価の高い作品である。また、飛行学校での海上目標に対する機銃掃射の演習シーンや、九五戦相手の格闘戦シーンなどでは九七戦の操縦席に撮影カメラを設置し、戦闘機操縦者目線の臨場感ある撮影がなされている。

同年の5月22日に公開された、海軍の依頼で製作した『海軍爆撃隊』では、初めて特撮スタッフがドラマ本編とは別に編成され、円谷英二も「特殊技術撮影」とクレジットされ、特撮史に残る作品となった。
登場する航空機はほとんどがミニチュアワークによるもので、不時着シーンなどに付けられた演出は、実機には不可能なスペクタクル的効果をもたらした。円谷英二はこの作品で日本カメラマン協会賞を受賞している。

同時に航空本部の依頼で製作されていた本作『燃ゆる大空』は、特殊技術に懐疑的だった阿部豊監督の方針で徹底した実景撮影だったが、迫力不足のため円谷英二の特殊技術によって追加が行われている。

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この作品で円谷英二は本名の「英一」名で、「特殊技術撮影」とクレジットされているが、特撮シーンはほとんどない。

燃料タンクに被弾した飛行機が不時着するカットが、ミニチュア撮影だと確認できる程度だ。多分そのほとんどは飛行中のスクリーンプロセスでの仕事だったのではないだろうか。

同時にクレジッされた「奥野文四郎」は美術担当。
1943年(昭和18年)、東宝の特殊技術課で造形美術係主任だった職を依願退職。川上景司らとともに松竹映画に移籍している。

戦意高揚映画としては合格点だろう。日中戦争の渦中、当時の飛行機をそのまま使用しての空中戦は迫力ある。この映画を見て多くの若者が海軍航空隊に志願したことだろう。

撮影が宮島義勇だったのが驚いた。戦後、「蟹工船」「人間の条件」「若者たち」「襤褸の旗」など共産党系の映画を多く担当し、東宝争議のときには組合の最高幹部を担当した経歴を持っている人間が、戦意高揚映画を撮っていたとは・・・。





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