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円谷英二的日本特撮映画史



怪獣総進撃
 ★★★★
1968年(昭43)8月1日公開/東宝/89分/
総天然色/シネマスコープ
 
製作 田中友幸 脚本 馬淵薫
本多猪四郎
 監督 本多猪四郎
撮影 完倉泰一 音楽 伊福部昭  美術 北猛夫
 特技監督
監督補
円谷英二
有川貞昌
 撮影 富岡素敬
真野田陽一
美術 井上泰幸
合成  向山宏  照明 原 文良 光学撮影 徳政義行
 - -  操演  中代文雄  監督助手 中野昭慶
出演-久保明・小林夕岐子・土屋嘉男・田崎潤・佐原健二・伊藤久哉・田島義文・愛京子・黒部進・アンドリーヒューズ


前作「ゴジラの息子」から約8ヶ月後の公開。

前年の1967年は春に大映「ガメラ対ギャオス」松竹「宇宙大怪獣ギララ」日活「大巨獣ガッパ」が公開され、
さらにTV番組では「ウルトラセブン」「怪獣王子」「ジャイアントロボ」が相次いで放送開始、
この年1968年の春には大映「ガメラ対バイラス」、テレビでは「マイティジャック」が放送開始していた時代。

東宝の歴代怪獣たちが勢揃いしての、まさに「怪獣総進撃」。
今回改めて見直してみて、この映画は昭和29年から続いた円谷怪獣映画の最後を飾る、総決算映画なんだと思った。
日本映画も斜陽になり、怪獣映画にも予算縮小の波が押し寄せる中、ラストの徒花、打ち上げ花火のような映画。

新怪獣は登場しないが、世界各地のミニチュア造形、月ロケットSY3の活躍、自衛隊との戦闘シーン。
それまで東宝特撮が築き上げてきた名シーンの焼き直しでもあり、総決算の特撮シーンが網羅されている。

合成作画が素晴らしい。YS3の飛行シーンとファイヤードラゴンとの交戦シーン。ゴジラの足元と、本編役者との合成カット、ミニチュアの自衛隊車両が停まり、その影から隊員が飛び出てくるカットの素晴らしさ。

画面手前でマンダがモノレールを破壊、奥のゴジラがコンビナートを爆発させるのをワンカットで撮ったシーン。
大映のガメラシリーズにも何カットとあった、難しい操演と火薬着火にも挑戦している。

またラストの、キングギドラとの対決も、それまでの円谷英二なら細かい編集を駆使して構築する事が多かったが、今回の有川貞昌特技監督は編集も正攻法で、じっくりと分かりやすいカットを重ねて構築している。

第一作「ゴジラ」公開の1954年から14年の歳月が流れた。
ゴジラもアンギラスもラドンも、当初の怖い怪獣ではなくなってしまったが、子供たちに夢を与える巨大生物として親しまれていくのだろう。

東宝怪獣映画の有終の美を飾る、記念碑的な映画。


以下Wikiより転載

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『怪獣総進撃』は、1968年(昭和43年)8月1日に封切り公開された日本映画で、ゴジラシリーズの第9作。製作、配給は東宝。併映は『海底軍艦』(短縮版)、『海ひこ山ひこ』。
ゴジラをはじめとする多数の東宝怪獣を集結させた作品。初回興行時の観客動員数は258万人。

ゴジラシリーズ第9作。当時の映画館の入場者数はすでに全盛期の4分の1まで落ち込んでおり、子供たちの興味も映画館での怪獣よりも妖怪やスポ根を題材にしたテレビ番組に向き始め、怪獣ブームにも陰りが見え始めていた。これらの要因から、東宝では本作をもって莫大な製作費を要する怪獣映画の終了を見込んでいたが、前作『ゴジラの息子』の観客動員数を10万人上回る成績を上げたことにより、東宝の怪獣路線は継続されることとなった。登場怪獣の数は昭和ゴジラ映画で最多であり、2004年に『ゴジラ FINAL WARS』が公開されるまではゴジラシリーズでも最多だった。

当初の予定タイトルは『怪獣総進撃命令』であり、企画段階では『怪獣忠臣蔵』という仮題だった。1967年には関沢新一によって『怪獣総出動』という脚本も書かれており、『ゴジラの息子』と共に製作ラインナップに挙げられていた。検討用台本の段階では、アンギラス、ゴロザウルス、ミニラは入っておらず、マグマ、エビラが含まれていた。特撮助監督を務めた中野昭慶は、本作について「シネスコならではの企画」と掲げたうえで「シネスコだから歌舞伎の顔見世のようにあれだけ怪獣を並べられた」と語っている。

SFブームと宇宙開発ブームの最盛期に製作された本作は、「怪獣ランド」の設定も後年におけるテーマパーク構想の先駆けとされる。モダンなデザインの調査用宇宙艇SY-3号の活躍が描かれるほか、近未来という設定ゆえに携帯テレビが登場する、防衛隊のミサイル車両などもヘリコプターからの遠隔操縦で動くという設定が盛り込まれている。監督の本多猪四郎は、本作の劇場パンフレットに映画のSF設定について特別エッセイを寄稿している。1971年(昭和46年)のテレビ番組『帰ってきたウルトラマン』(円谷プロ、TBS)第1話ではサブタイトルとして本作のタイトルが引用されており、監督も本多が務めた。

キラアク星人の名前の由来は『忠臣蔵』の登場人物、吉良上野介の姓「キラ」と役柄「悪(アク)」より。前述のとおり、当初は『怪獣忠臣蔵』という企画であったため、内容にちなむ名称となった。

ムーンライトSY-3のデザインは東宝特殊美術部の豊島睦が手掛けた。玩具メーカーのマルサンからの要望によりサンダーバード1号とウルトラホーク1号がモチーフになっており、ロケットブースターを使う往還型ロケットの先駆けとなっている。
ミニチュアの製作にはバルサ材が用いられ、1/20・1/30・1/60の3種が作られた。ブースター付きは小サイズのみで、飛行シーンには主に大中サイズが用いられた。

乗員の拳銃には、『怪獣大戦争』に登場したX星人の光線銃のプロップが、ホルスターに収まるように突起を削って流用されている。宇宙服は、同年公開の『空想天国』(松森健監督)に登場するロボットの衣装に流用された後、銀色に塗装されて『ノストラダムスの大予言』(1974年、舛田利雄監督)に登場するニューギニア調査団の放射能遮蔽服に流用されたほか、円谷プロダクション制作の特撮テレビドラマ『ウルトラセブン』第35話「月世界の戦慄」での宇宙服に流用された。大型銃は、本作と同年に放送された円谷プロ制作の特撮テレビドラマ『戦え!マイティジャック』第17話で、ナナを追うQ工作員の銃として流用されている。
『クレージーの大爆発』(1969年、古澤憲吾監督)では、予告編に本機の発進シーンがあるが、本編には登場しない。

探険車
ムーンライトSY-3に格納されている宇宙用探検車。掘削用のメーサー砲を4門装備しており、そのうち大型の2門は分解しての携行も可能。探検車は1尺サイズのミニチュアと実物大プロットが作られた。なお、ミニチュアの下部分は『モスラ対ゴジラ』などに登場した61式戦車の流用である。

本作の特技監督は、前作『怪獣島の決戦 ゴジラの息子』(1967年、福田純監督)に引き続き、有川貞昌が務めた。
円谷英二の愛弟子だった有川が本作でこだわったのは、操演技術だったという。富士地底の基地で、竪穴から上昇したキラアク円盤がそのまま水平移動して横穴へ飛行しながら進入していくカットがあるが、これは滑車を組み合わせた支点をいくつも使って曲線的な動きを採り入れた、ピアノ線による職人芸ともいえる操演であり、マンダがモノレールに絡みつくシーンと合わせ、有川も会心の特撮と述懐している。撮影では第8ステージのセットに穴を空けており、『宇宙大戦争』で問題になった経験から守衛にわからないよう隠されていた。

防衛軍のミサイル攻撃のシーンでは、発射台のミサイルの先端からピアノ線をスタジオの上部に取り付けたバネにつなぎ、火薬の点火で固定具が溶けると同時に勢いよく飛び出す工夫をしており、発射時の白煙がまっすぐ伸びるリアルな映像となっている。
怪獣ランドのヘリコプター主観のカットでは、クレーンを使った俯瞰撮影が行われ、効果をあげた。
キラアク星人の基地は不燃性素材で作られ、「現実感を」との有川の意向で火炎放射器を使って炎上爆発シーンが撮影されるなど、さまざまな技法が試みられている。

美術チーフを務めた井上泰幸による、「ムーンライトSY-3号」や「キラアク円盤」、「月面基地」など、そのシャープな感覚がSFを題材とした本作のイメージを高めており、有川は井上の美術を「時代劇が現代劇になったような感じ」と評している。





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