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円谷英二的日本特撮映画史



ガメラ対大魔獣ジャイガー 
★★

1970年(昭45)3月21日公開/大映東京/83分
カラー/大映スコープ
 
製作 永田秀雄 脚本 高橋二三  監督 湯浅憲明
撮影 喜多嶋晃 音楽 菊池俊輔  美術 山口煕
 特撮監督 湯浅憲明  撮影 金子友三 美術 矢野友久
合成撮影  藤井和文  照明 石森七郎 - -
 音響効果 小島明  操演  田中実  造形 エキスプロダクション
開米プロダクション
出演-炎三四郎(速水亮)・大村崑・八代順子・平泉征・北城寿太郎・夏木章・高桑勉・ケリーバリス・キャサリンマーフィ

前作「ガメラ対ギロン」からちょうど1年後の公開。
同時上映は「透明剣士」。

前作よりは予算が増えたのか特撮シーンが多い。

ただシナリオが完全にお子様向けで、南東の島に突然ガメラが現れたり、ジャイガーが空を飛んだり、荒唐無稽過ぎる。
また子供たちの「ガメラ頑張れ」「ガメラ負けるな」の声援が耳障り過ぎる。

以下Wikiより転載

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前作での宇宙から一転して、「日本万国博覧会」を舞台にした作品。当時少年誌各誌ではカラーグラビアで「謎の古代遺跡」を題材にしたものが流行っており、これを企画に採り入れたもので、万博を舞台にしたのは後付けだった。そのため、万博会場でのロケが行われたものの、監督の湯浅憲明によると東宝のようにパビリオン協力しているわけでもなく、大映にそこまでの営業力もなかったため、タイアップではなかったという。

脚本担当の高橋二三によると、本作では新しい物語要素としてオカルトをテーマに採り入れており、「悪魔の笛」が引き起こす「呪い」を強調した内容となっている。高橋はこの趣向を、のち(1973年以降)のオカルトブームに先駆けるものだったと述懐している。脚本題名は『ガメラ対大魔獣X』。

弘たちの家は大阪市の港区あたりにあると思われるが、卵を産み付けられたガメラがやってくるシーンでは、なぜかすぐそばに、あるはずのない山がある。弘とトミーがこの港区あたりの家から大阪城、万博会場へと自転車で短時間で急行したり、またジャイガーが万博会場から片手で投げた悪魔の笛が途中で落ちもせずに数10キロ離れた大阪湾まで届いたり、距離感の現実離れした描写が印象に残る。

「ガメラ映画」で大阪城が登場するのは『大怪獣決闘 ガメラ対バルゴン』(1966年)に続いて2度目。また『ガメラ対大悪獣ギロン』の一部BGMが流用されている。ジャイガーの子供がガメラに寄生するシーンは、湯浅によると「予算は無いし、やることは大体前のガメラでやりつくしちゃったので、どうしようかと思って考えた」アイディアだったという。

本作制作時、すでに大映本社の経営は末期状態で、倒産の気配は濃厚だったというが、湯浅はそれでもアイディアを凝らし、ミニチュア特撮にこだわる演出姿勢を貫いている。万博会場がクライマックスの舞台であるが、パビリオンを壊すわけにもいかず、代わりに大阪市街地の特撮セットが組まれ、シリーズでは『大怪獣空中戦 ガメラ対ギャオス』(1967年)以来、久しぶりに見応えのある大規模な都市破壊の特撮シーンが描かれている。昭和シリーズで都市破壊が見られるのは、本作が最後である。

それでも製作費はギリギリの状態だったため、湯浅によると、最終的に大映社長の永田雅一に直談判して、あと特撮セット一杯分の約3,000万円の追加予算を得た[1]。ガメラがジャイガーに寄生産卵され、苦しみながらやってくる大阪港発電所付近の特撮セットは、この予算で作られた。

ジャイガーの寄生卵描写で、ゾウの鼻を切開して寄生虫の塊を取り出す記録フィルムが劇中に挿入されるが、これは多摩動物園に協力してもらい、ゾウにメイクし、ブタの回虫を使って撮影したもの。「気味が悪い」と評判だったというが、湯浅も「撮ってる僕も気味悪かった」と笑っている。そのまま映すのははばかられたため、フィルターをかけて白黒に処理してある。


ガメラのヌイグルミは前作『ガメラ対大悪獣ギロン』(1969年)で新造されたぬいぐるみを流用し、エキスプロによって頭のみ新規に作り直された。この新造形の頭は頭頂が平たく、鼻先が丸く目の離れているのが特徴。表情が前作までのものよりも優しい印象となっているが、エキスプロによると特に意識したものではなく、通常通り造ったものだという。

また、本作ではガメラの「X線透視写真」が登場する。劇中で学者によって「アオウミガメの骨格に似ている」という説明があるものの、画面に映るレントゲン写真はリクガメのものだった。ジャイガーに卵を生みつけられ、頭と腕が透明になったガメラは、頭と腕を透明のポリ樹脂にすげ替え、発光ギミックで光らせて表現した。

大魔獣 ジャイガーのデザインは特撮美術の矢野友久が手掛けた。公開前に『週刊ぼくらマガジン』(講談社)で名称公募された際のイラストでは、「野牛」のような姿となっている。エキスプロが韓国・台湾での仕事で忙しかったため、ぬいぐるみは開米プロダクションが製作した。四足怪獣だが、膝を地面につけずに演技され、「見栄え」を重視してデザインされたため、非常に動きづらかったという。6尺大の操演用ミニチュアも使用されている。
小ジャイガーはガメラの肺の中で誕生した体長2メートルほどの子供。小ジャイガーの他に、当時の関連刊行物などでは「子ジャイガー」、「ジャイガー二世」、「吸血幼虫」などと呼ばれている。親ジャイガーとは別に、開米プロでぬいぐるみが作られた。

大阪を舞台にした作品であるが、大阪弁を話す俳優は大村崑とその娘役の八代順子、港湾労働者の蛍雪太郎くらいしかいない。沢田圭介役の「炎三四郎」は、のちの速水亮。当時、研修を終えたばかりだったが『ああ陸軍戦闘隊』(村山三男監督)で役をもらい、度胸の良さを認められて本作で主演デビューとなった。「炎三四郎」の命名は大映専務の永田秀雅による。
ヘリコプターパイロット役の高田宗彦は日本人であるが、白人を演じている。白人俳優のケリー・バリス、キャサリン・マーフィ、マーリズ・ヘリーは調布のアメリカン・スクールから選ばれた、まったくの素人だった。

湯浅憲明は本作から社員監督としてでなく、1本ごとの「契約監督」扱いで関わっている。社員監督だと残業の際に保証される「夜間手当」は契約監督にはつかないため、湯浅は撮影所で「夜間」と「ヤカン」を引っかけた社員たちから、「あいつは悔しくてヤカンを蹴飛ばしてるらしいぞ」などと悪評を立てられたという。
ガメラの体内での撮影では、準備中に照明スタッフが脳溢血で倒れてしまった。体内セットが軟らかい素材だったため、クッションになってそのときは無事だったが、映画完成後に亡くなったという。湯浅は「倒産寸前のストレスからくるストレス死だ」と語っている。当時、大映本社の経営状況悪化と労使抗争から「スタッフ全員、ストレスが山のようだった」という。

『対バイラス』以来の慣行として、本作公開前に『週刊ぼくらマガジン』誌でジャイガーのデザイン画が「怪獣X」と称されて公開され、名称が公募された。賞品は「特賞:1人に奨学金10万円」、「佳作A:50人にガメラのプラモデル」、「佳作B:100人に『大怪獣X対ガメラ』の劇場招待券」というものだった。

本作の制作は日本万国博覧会とタイアップ関係には無かったが、開催後の万博会場では東宝のゴジラとガメラの「怪獣ショー」のアトラクションが行われ、「ゴジラ対ガメラ」の一幕もあったという。
ショーは博覧会場内の「お祭り広場」で開かれ、大村崑が司会を務めた。ガメラやゴジラは藤田まことの劇団の若手が当初演じていたが、「素人ばかりで立ち回りがうまくいかないから」と、当時ゴジラを演じていた中島春雄が呼ばれ、10日ほど出張してゴジラ役を演じることになった。ショーは舞台の左右からガメラとゴジラが出てきて中央で組み合うというもので、1日3回公演の予定だったが、結局夜1回の公演になったという。




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