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円谷英二的日本特撮映画史



ゴジラvsメカゴジラ
 
1993年12月14日公開/東宝/108分
カラー/ビスタ
 
製作 田中友幸 脚本 三村渉  監督 大河原孝夫
撮影 関口芳則 音楽 伊福部昭  美術 坂井賢
 特技監督 川北紘一  撮影 江口憲一
大根田敏光
美術 大澤哲三
特殊効果  渡辺忠昭  操演  鈴木豊 助監督 鈴木健二
出演-高嶋政宏・佐野量子・小高恵美・原田大二郎・宮川一朗太・ラサール石井・河津祐介・高島忠夫・中尾杉・・上田耕一・佐原健二


「ゴジラvsモスラ」からちょうど1年後の公開。

今までのVSシリーズの中では一番分かりやすいストーリー。また外国映画などへの変なオマージュもない。

ゴジラの息子がベイビーとして出てくるが、人類の敵ゴジラの子供なら、拘禁して徹底的に調査するのが本当だろう。
愛くるしい設定にしたのは、同年の7月に公開されヒットした「REX 恐竜物語」の影響か?

メカゴジラの造形やら合体する装備などは「ガンダム」などの影響が大きいと思われるが、重量感もありよくできている。
反面、戦車やメーサー殺人銃の移動する際の軽さが目立つ。装備的にも今更戦車でもないだろうと思われる。

瞑想する子どもたちは「アキラ」などからの影響だろう。

伊福部昭の音楽が食傷気味。お腹いっぱいで飽きてくる。次作では別の音楽にしてほしい。
そもそも戦闘シーンが少し長い。

ツメの甘さはあるが、面白く見ることができた。

以下Wikiより転載

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翌1994年がシリーズ第1作の『ゴジラ』公開から40年目に当たることから、「ゴジラ生誕40周年記念作品」と
銘打たれた。
当初は前作から1年のインターバルを置き、『ヤマトタケル』を挟む形で1994年末の公開が予定されていたが、前作の大ヒットを受けて製作が繰り上げられた。さらにハリウッド版ゴジラの制作決定を受けて本作品で平成ゴジラシリーズを一旦終了させる予定だったが、ハリウッド版の制作が遅れたため、急遽きゅうきょ翌年のシリーズ新作の制作が決まった。

本作品より対ゴジラ組織Gフォースが登場。メカゴジラは人類が開発した対ゴジラ兵器として描かれている。特技監督の川北紘一は、Gフォースの設定により昭和期の東宝特撮のような超兵器を登場させられるようになったと述べている。

一方で、人類とゴジラの戦いを描きつつも、ゴジラを悪役としては扱っていないのも特徴である。本作品でのゴジラは、平成シリーズで初めて明確な感情表現が描写されており、唯一の同族であるベビーゴジラとの関係性を通じて、最終的に観客が感情移入できる存在となっている。

本作は日本映画としては初めて実験的にドルビーデジタル5.1chサラウンドフォーマットが使用され、封切時には有楽町の日劇東宝、大阪の梅田東宝劇場において、5.1ch仕様のフィルムが上映された。後のビデオソフト等では全国上映用のドルビーステレオ仕様の音声がデフォルトとなっているが、BGM、効果音等が部分的に異なっている。

制作
東宝プロデューサーの富山省吾は、登場怪獣についてシリーズが打ち止めとなる予定であったため人気怪獣をすべて出したと述べている。書籍『東宝SF特撮シリーズVOL.8 ゴジラvsメカゴジラ』によると当初、ゴジラの対戦相手はキングコングが候補にあがったが、版権などの問題から不採用となった。代わりにメカニコングを登場させる案もあった。

ゴジラが京都を襲撃するシーンは海外輸出を考慮したもので、外国人にもわかる観光名所を映すことを意図している。京都でのゴジラのシーンは、熱線で破壊される京都タワーを除き、実景との合成で処理されている。清水寺の避難シーンは当初エキストラを手配していたが、道路事情で当日の一般開放前の時間に間に合わず、やむなくその場にいた修学旅行生など実際の観光客に事情を説明し、協力してもらい撮影した。

尺の都合から、Gフォースの訓練や部隊内での恋愛模様などのシーンが編集段階でカットされている。

配役
主演の高嶋政宏や佐野量子、原田大二郎らは、監督の大河原孝夫からの推薦による。
劇場パンフレットでは高島忠夫・高嶋政宏親子が本作で初共演と紹介され、このことについての両者のコメントも載せているが、実際には『悲しい色やねん』(1988年)で既に共演している。大河原によれば、忠夫が前作『ゴジラvsモスラ』を観て面白いと言っていたことを政宏から聞き、話題性も加味して出演を依頼したという。政宏は、当初は親子共演であることを意識していなかったが、スタッフから冷やかされやりづらかったと述べている。忠夫が本作品を劇場で鑑賞した政宏から聞いたところによれば、観客は親子共演したことよりも過去のゴジラシリーズに出演していた忠夫が登場したことに盛り上がっていたという。

特撮
特撮監督の川北紘一は「ミニチュアでの実写はCGにはない味がある」「恐竜映画ではなく、最高の怪獣映画を目指す」と発言するなど、同年に公開された『ジュラシック・パーク』との差別化を意識していた。CGはメカゴジラの描写に一部使用しているが、川北は生物感の必要がないキャラクターのためCGの質感が合っていたと述べている。

特撮助監督の神谷誠は、本作品の製作が決定する前に特撮テレビドラマ『電光超人グリッドマン』へ参加していたため、本作品には途中参加となり、クレジットも表記されていない。

特撮班は、1993年4月21日にクランクインし、まず仙台、四日市、京都のロケーション撮影が行われた。

東宝スタジオでの撮影は5月に入ってから開始し、8日から20日にかけて第9ステージにてアドノア島の撮影が行われた。

5月21日・22日には、大プールでゴジラが上陸する四日市コンビナートの撮影が行われた。このシーンは『モスラ対ゴジラ』のゴジラ上陸シーンをオマージュしている。同24日には、オープンセットでの四日市コンビナート破壊シーンも撮影された。

5月25日から6月9日にかけては、第2ステージで鈴鹿でのゴジラとメカゴジラの対決シーンが撮影された。大平原での戦闘は、川北がスクリーンでのスケール感を見せるため入れたものである。神谷によれば、脚本ではメカゴジラのショックアンカーは関東全域の電力を
集中させてゴジラを倒すという展開で撮影も予定されていたが、当日になり川北が時間の都合から全面カットを指示し撮影は行われなかった。大津での戦闘シーンのセットは、先行して撮影された鈴鹿のセットを流用している。

6月11日・12日には、大プールでゴジラとラドンの戦闘シーンを撮影している。ラドンの操演にはアームが20メートル以上ある工事用クレーンが用いられた。

6月15日から19日には、第5ステージでメカゴジラメインドックの撮影が行われた。
セットを普通に組むとスタジオの天井が足りないため、セットを横倒しにして組み、カメラも横にして撮影している。冒頭やメンテナンスでのメカゴジラに放電がされているが、これは合成ではなく、実際にメンテナンスアームのセットとメカゴジラのスーツ双方に電極を付け、
高圧電流を流した本物の放電である。

6月21日には、オープンセットで京都タワーの破壊シーンを撮影。

6月24日・25日には、第5ステージでガルーダドックの撮影が行われた。発進シーンは未使用カットが多数存在する。

6月28日から7月23日には、第9ステージで幕張のシーンが撮影された。このセットは、VSシリーズ最大規模とうたわれ、約千平方メートルのミニチュアセットが造られた。
建物の破壊シーンに特に力を入れて演出しており、火薬の使用量はシリーズ最高となった。
1993年当時の幕張は開発途中で空き地が多く、川北は「建物が多くないので被害が少なく、海も近くなにかと都合がよかった」「思う存分バトルシーンの演出が出来た」と述べている。
一方で、セットが広すぎたため壊しきれなかったとも述懐している。千葉マリンスタジアムのミニチュアは、片側を石膏で作り壊れやすいようにしていたが、撮影時に壊す位置が変更となり、現像時にフィルムを反転させている。

7月24日から30日には、第2ステージで各飛行シーンやゴジラとベビーゴジラの掛け合いのシーンなどが撮影された。

7月27日には、オープンセットでメカゴジラの発進シーンが撮影された。本来は幕張セットより前に撮影を終えている予定であったが、雨のため撮影できず、クライマックスでの炎上シーンの後にスーツを修復して撮影することとなった。

7月30日には、大プールでゴジラとベビーゴジラが海へ帰るシーンを撮影。翌31日に特撮版はクランクアップした。




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