直線上に配置

円谷英二的日本特撮映画史



ゴジラvsビオランテ
 
1989年12月16日公開/東宝/105分
カラー/ビスタ
 
製作 田中友幸 脚本 大森一樹  監督 大森一樹
撮影 加藤雄大 音楽 すぎやまこういち  美術 育野重一
 特技監督 川北紘一  撮影 江口憲一 美術 大澤哲三
長沢孝
特殊効果  渡辺忠昭
久米功
 操演  松本光司 助監督 松本清孝
出演-三田村邦彦・田中好子・高橋幸治・高嶋政伸・小高恵美・峰岸徹・金田龍之介・沢口靖子・久我美子


前作の「ゴジラ」から5年後の公開。
中野明慶から川北紘一に特撮監督が世代交代した最初の作品。

ストーリーは植物怪獣とかの新鮮味はあるが、強引さも目立ち、また過去の作品へのオマージュも頻繁に見られ、
個人的にはもうそんな時代ではないだろうと思ったので、鬱陶しかったのが正直なところ。

それでもゴジラと交信する少女の設定は、この後の新生ガメラシリーズでも模倣された、新趣向の面白さはある。

一番の見所はやはり特撮シーンで、特にゴジラとビオランテの対決シーンは素晴らしい迫力。
カメラアングルにセンスがあり、造形も素晴らしい。あおりカットでコジラがビル街を歩くカットも良い。
正直、このセンスは中野明慶監督には見られないものだ。

さらにコンピューターでの合成技術が、それまでのフィルム合成では考えられないほどの緻密さとなっている。
技術の進歩の恩恵が、画面に現れている。

個人的には、ラストの沢口靖子が大笑いだった。大森監督の意向なのだろうか、陳腐の極みだった。

以下Wikiより転載

---------------------------------------------------------------------------------------------------------
『ゴジラvsビオランテ』は1989年12月16日に公開された日本映画で、「ゴジラシリーズ」の第17作である。カラー、ビスタビジョン、ドルビーステレオ。観客動員数は200万人。製作費 7億円、配給収入10億4000万円。
キャッチコピーは「超ゴジラ それはゴジラ細胞から生まれた!「'90年正月映画日本代表」「勝った方が人類最大の敵になる」など。
平成ゴジラシリーズの原点となる前作『ゴジラ』(1984年)の直接の続編。平成ゴジラシリーズ(VSシリーズ)の第1弾でもある。

本作品では原案が一般公募されたほか、特技監督に川北紘一、脚本と監督には『ヒポクラテスたち』などの大森一樹、音楽に「ドラゴンクエストシリーズ」などのすぎやまこういちを起用するという、それまでの怪獣映画にない新たな息吹を取り入れようとした意欲作でもある。また、劇中で伊福部昭の楽曲が『メカゴジラの逆襲』以来15年ぶりに使用されている(アルバム『OSTINATO』より「ゴジラ・タイトル」、「ゴジラ対特車隊」、「怪獣大戦争マーチ」の3曲を流用。
ゴジラやビオランテに襲撃される主な舞台として前述の芦ノ湖のほか、伊豆大島、大阪、若狭湾が登場する。大阪にゴジラが出現するのは、『ゴジラの逆襲』以来34年ぶりであった。

本作は、以降のVSシリーズでメインキャラクターとなる超能力者・三枝未希の初登場作品でもある。演じる小高恵美は東宝シンデレラ第2回グランプリであり、第1回グランプリの沢口靖子が演じる英理加が冒頭に死亡して彼女の場面に移るという展開は、第1回から第2回への女優のバトンタッチを意識した演出となっている。また、本作はミニチュアセットですべての市街地を再現した最後のシリーズ作品でもあり、次作『ゴジラvsキングギドラ』以降はCGによる描画が増えていくこととなる。クランクインについては、脚本の完成が遅れていたことから1989年9月までずれ込み、タイトなスケジュールでの撮影となった。

物語の展開はいわゆる子供向け怪獣映画とは一線を画しており、ゴジラとビオランテの対決よりも「ゴジラ対自衛隊」のそれに軸足を置いている。ゴジラ(略して「G」と呼称)は「特殊災害」と規定され、4段階の警戒態勢が設けられている。放射熱線を反射して対抗できる「スーパーX2」や、ゴジラのエネルギー源である核物質を食べるバクテリアから作られた「抗核エネルギーバクテリア」 (ANEB) など、先端技術を投入して開発された対G用の超兵器に加え、未希の超能力も自衛隊の戦力として運用されている。劇中に登場する自衛官は役者(エキストラ)だが、登場する自衛隊車両(ジープ・73式大型トラック・自走砲・戦車など)はすべて現役の自衛官が操縦していた。

作品内容については完成度の高さが評価されたが、興行収入は前作を下回った。制作費は十分に回収できたことからシリーズは続行することとなったが、この結果を受けて次作以降は新怪獣ではなく人気怪獣を再登場させ、内容もエンターテイメント性を重視したファミリー向け娯楽路線に方針変更されることとなった。

1994年公開の『ゴジラvsスペースゴジラ』は、敵怪獣・スペースゴジラの誕生の理由にビオランテが可能性の1つとして挙げられるうえ、権藤一佐の妹や親友が登場するなど、本作との関連が高い。また、ゴジラの細胞またはそれの持つ性質から新怪獣が誕生するという要素は『VSスペースゴジラ』だけで終わらず、後年の『ゴジラ2000 ミレニアム』や『シン・ゴジラ』などの作品にも、細かな設定の違いを見せながら継承される形となっている。

当初の仮題は『ゴジラ2』。前作公開直後に原案を一般公募で募集した結果、特撮テレビドラマ『帰ってきたウルトラマン』の第34話「許されざるいのち」の原案者・小林晋一郎の作品が採用された。バイオテクノロジーをテーマにしている点や、同話に登場する合性怪獣・レオゴンと同様に植物と動物の融合怪獣・ビオランテがやはり芦ノ湖に出現するなど、本作には共通する要素も多い。なお、公募された候補のもう1つは、ゴジラが巨大コンピュータと戦い、それが戦車もどきのメカになるという案であったが、1989年公開の特撮ロボット映画『ガンヘッド』が興行的に不振だったことが影響し、却下されている。

監督・脚本の大森一樹は、ゴジラシリーズ初の東宝外部監督である。東宝プロデューサーの田中友幸は、城戸賞を受賞した大森の脚本を高く評価していたことから直接面会して脚本を依頼し、第1稿に納得したことで監督も依頼したという。脚本作りが難航したため、プロデューサーの富山省吾はその間に『恋する女たち』『トットチャンネル』などの監督に大森を起用している。

企画自体は前作の直後より動き出していたが、脚本やビオランテのデザインなどが難航し、準備期間は長期に渡った。東宝プロデューサーの富山省吾は、シリーズの方向性を模索していたことと、制作費のかかる作品であるため東宝上層部が慎重であったことなどを理由に挙げている。

本作より防衛庁が協力としてクレジットされ、東宝特撮史上最大規模の協力体制が敷かれた。黒木をはじめとする「特殊戦略作戦室」と階級の「特佐」は現実の自衛隊には存在しないものであり、自衛隊の広報より「特殊戦略作戦室なんて組織はありません。特佐なんて階級もありません」と言われ、これを大森が「映画ですから」となだめ、自衛隊側は「今回だけですよ。次回からは自衛隊にある組織と階級で作ってください」と言われたという。ただし、これは結果的に成功した設定でもあり、作中で佐官の黒木が中心となってゴジラ攻撃の指揮を執ったり、自衛官の最上位である統幕議長の決定を独断で無視したりするシーンを「実際の自衛隊では絶対にありえないが、東宝の方で架空の設定を作って頂いて幸いだった」と防衛庁(当時)の広報官が語っている。浦賀水道の戦闘シーンでは、海上自衛隊のPR映画『海、翼、そして明日』から映像を流用している。

配役
1989年に『黒い雨』で各賞を総ナメした田中好子の出演交渉の際、監督の大森は「(ゴジラ映画も『黒い雨』も)どちらも原爆に関することですから」と語ったという。三枝未希役の小高恵美は、前作の沢口靖子に続き東宝シンデレラから起用された。沢口も別役で続投している。山地統幕議長役の上田耕一は、本作以降『ゴジラ FINAL WARS』までの平成・ミレニアムゴジラシリーズ全作品に出演することになる。
大和田圭子官房長官役の久我美子は、劇場公開当時の現実世界における官房長官が初の女性である森山眞弓だったことや、久我の夫・平田昭彦(1984年死去)の実母から受けた「息子が好きな映画だったので、あなたも出演しておきなさい」という助言に従い出演した。
マンジョット・ベディは、バイオメジャー役を担当した外国人俳優の通訳として収録現場に来ていたところを工作員役として採用された。採用した大森は、オーディオコメンタリーで「外国人キャストはもう少しキチンとキャスティングすればよかった」と語っている。
無名時代の鈴木京香が出演したことでも知られる。鈴木は当時大学生で、プロデューサーの富山省吾が鈴木の所属事務所と繋がりがあったことからの出演であった。当時、撮影現場では鈴木の美貌がスタッフの間で噂になっていたといい、主演の三田村邦彦やスタッフとして参加していた白石雅彦は鈴木は当時からオーラを放っていたと証言している。

特撮
特技監督の川北紘一を筆頭に、特撮スタッフの多くは同年公開の『ガンヘッド』から引き継いでいる。スケジュールが短かったことから、撮影途中からチーフ助監督の松本清孝を中心としたB班が組まれ、スーパーX2の発進シーンなどを担当した。
川北は、本作品での演出的な挑戦として怪獣の主観映像や実景との合成などを取り入れている。また、ゴジラが戦う場面で風や雨などを演出したのは、黒澤映画の模倣であると述べている。
合成作業には複数企業が参加し、日本エフェクトセンターは光線作画、マリンポストはモニター画面など、各社の得意分野で分担する体制となった。川北から合成の相談を受けた東京現像所の小川利弘は、合成量が増加し、作業も複雑化していたことから一社ではまかなえないと判断し、各社に依頼し小川が管理を行った。
CGも導入されているが、当時はCGのデータをフィルムに起こすことができるソフトがなかったため、プロッターを用いて紙に印刷したCGを撮影してオプチカル合成で着色する方法など、合成自体はアナログ作業で行われた。モニター画面も、ビデオテープに収録したものを再生している。
特撮班は1989年8月10日にクランクイン。同日から12日まで御殿場の陸上自衛隊東富士演習場にて、ゴジラが三原山から出現するシーンの撮影が行われた。前作でも同地で撮影が行われたが、前作は富士裾野側、本作品では富士山側にカメラが向けられている。火口部分は、ブルドーザーで盛った土で作られた
8月15日から30日には、東宝スタジオ大プールにてゴジラと自衛隊の戦闘シーンが撮影された。同プールは、本来ホリゾント側が順光になるよう設計されていたが、川北は逆光による演出を狙いホリゾント上にレフ板を並べ水面をきらめかせて撮影を行った。撮影にはクレーンやいかだを用いられたが、いかだが転覆してカメラが使用不能となる事故もあった。
8月31日から9月12日には、東宝第8ステージにて芦ノ湖セットの撮影が行われた。従来は第9ステージで特撮の撮影が行われていたが、当時はスペースワールドのイベント映像撮影が行われていたため、第8ステージが使用された。ホリゾントの低さをカバーするためにセット自体が小さく作られ、アオリ気味の演出で巨大感を表現しつつ、スモークで機材が水面に映り込むことを防いでいる。
9月17日から10月6には、東宝第2ステージにて大阪ビジネスパークのセット撮影が行われた。美術の大澤哲三は大阪出身であることから、セット制作にはその土地勘が反映されている。舞台が狭いエリア内であることや高層ビルをフレーム内に収められないことなどから、芦ノ湖と同様コンパクトなセットとしつつ、俯瞰撮影を前提としたものとして作られた。河幅は実物よりも広く作られており、ビルの照明を水面に反射させて照明効果を高めている。アオリのシーンは、手前側のミニチュアのみを用いたオープンセットで撮影された。
10月12日から18日は、東宝第8ステージでサンダービーム作戦の撮影が行われた。セットは奥行きを持たせるため、バースのついた設計となっている。雨の描写は、消火栓の放水管を潰して水を細かくしており、メーサータンクのアップでは霧吹きを用いている。
クライマックスのゴジラとビオランテの対決シーンも第8ステージで撮影された。ビオランテは当初動く予定ではなく、川北の発案によって行われた。
若狭の戦闘時間の方が芦ノ湖での戦闘シーンより短く、東宝から疑問の声が出た。これは川北紘一が芦ノ湖側の撮影に時間を使い、若狭側の撮影予定を消化しきれずに時間切れとなったためである。
大阪のシーンでは、川北が特撮を手掛けたテレビドラマ『東京大地震マグニチュード8.1』のビル破壊シーンを流用している。

未使用シーン
芦ノ湖でのビオランテ戦は、コマ撮りによる未使用カットも存在する。全高1メートルのミニチュアで撮影された映像そのものの出来は良かったが、実写とコマ撮りのカットのバランスが悪く、結果的に不採用となった。同様に、若狭湾での戦いで倒れたゴジラを飲み込もうとするビオランテの描写も、大胆にもセルアニメによる処理を行ったカットがラッシュに持ち込まれたが、これも不採用となった。監督の大森は「一応は聞いていた」と語っているが、ラッシュを観て大森を含む関係者は唖然とさせられたという。特技監督の川北曰く「柔らかさを表現したかった」という狙いだったらしい。川北本人は会心の出来だったようで、スタッフの反応には非常に落胆していたという。
この他、芦ノ湖での戦いの後、山にバラが咲き乱れるシーンもあったが[104][11]、バラのスケールが合わないため未使用となった[11]。これらの未使用シーンは、DVDに映像特典として収録されている。
後述のオールナイトニッポンの特番では、採用されたものと異なるシチュエーションで数パターン撮影されていたデーモン小暮の登場する未使用シーンも音声のみ流されたが、こちらはDVDなどの特典にはなっていない。

ゴジラ造形に関して大森・川北両監督は、『ゴジラ』の際に「白い目の視点の定まらないゴジラではなく、動物としてのゴジラ」を造形スタイルとして考えついたという。
『デーモン小暮のオールナイトニッポン』にてスペシャル番組が組まれた。当初小暮独自にやっていた一コーナーであったが、東宝が最終的にタイアップをアピールして来たため、以前自分のMVにゴジラの出演のオファーを断られたデーモンは「今度は(ゴジラを)貸してくれるよな」とコメント。リスナーの投稿も「ゴジラ対ジラース、同時上映キンゴジ対モスゴジ」といったマニアックな投稿と、そのネタが解らないのに爆笑する小高恵美などの場面もあった。
舞台が大阪ということもあり、劇場公開の前後には読売テレビが『CINEMAだいすき!』の放送スタイルに近い形の「ゴジラ特集」を組み、公開までの数か月間、毎土曜深夜に過去のゴジラ作品ほぼすべてが放送された。番組内では、映画放送後に監督や脚本家へのインタビューのほか、スーツアクターへのインタビューなども放送された。
ゴジラが大阪の市街地を破壊するシーンの一部には、前作『ゴジラ』の映像が流用されている。また、ゴジラが大阪湾に出現した際には大阪城ホールにおける斉藤由貴の「夢の中へ」のイントロが流され、それに続く大阪の人々が避難するシーンで権藤が「夢の中へ」の歌い出しを口ずさんでいる。
劇中で前作のゴジラの東京襲撃は1985年、本作の時代はそこから5年後とされており、ゴジラ痕跡記念物のプレートや手紙の消印など小道具にも1990年と記されている。しかし、作中の時代が1992年の夏とされている次作『ゴジラvsキングギドラ』では、ゴジラがビオランテと戦った後に日本海へ消えて1000日超の時間が経過しているとの表現があるうえ、1996年とされている『ゴジラvsデストロイア』でも三枝未希がゴジラと関わり初めて7年であることを明かすなど、本作の時代は1989年とされている。
前作が『Godzilla 1985』の名で公開されたアメリカでは、ザルマンがアメリカを「(遺伝子改造された小麦が普及すれば)世界一の小麦輸出国が悔しがるだろう」とからかうセリフがあるうえ、バイオメジャーがアメリカのテロ組織として描かれていることや、ラストシーンで桐島がマサチューセッツ工科大学行きを断念する描写などから「反米映画」と見なされて一般公開されず、日本公開から3年を経てようやくケーブルテレビで放送された。また、本作には登場人物が英語で話すシーンがあるが、アメリカ放送版では英語のセリフも吹きかえられている。本作品以降、アメリカではVSシリーズは劇場公開されずビデオリリースとなった。
2014年7月19日に日本映画専門チャンネルで放映された「ゴジラ総選挙」では、本作が「ゴジラ映画No.1」に選出された。
1991年12月4日には、『ゴジラvsキングギドラ』の公開に合わせて『水曜ロードショー』でテレビ初放送された。一部シーンがカットされたほか、キングギドラの静止画と「協力 防衛庁」のテロップがエンドロールの代わりに表示され、終了後に告知が行われた。
とんねるずが『仮面ノリダー』で本作のパロディをし、巨大化したノリダーと巨大化した怪人が戦うという内容を披露した。




TOP

弊社の配信するコンテンツ・動画等の整合性・信頼性に関しては万全を期しておりますが、
それにより生じた損害に対しては一切 の保証を負いかねます。
弊社が提供するコンテンツを無断で複製すると、著作権侵害となります。
Copyright (C) 2021, zeicompany. All rights reserved.
Free to Link
直線上に配置