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円谷英二的日本特撮映画史



大魔神
★★★★★

1966年(昭41)4月17日公開/大映京都/84分
総天然色/大映スコープ
 
製作 永田雅一 脚本 吉田哲郎  監督 安田公義
撮影 森田富士郎 音楽 伊福部昭  美術 内藤昭
 特撮監督 黒田義之  撮影 森田富士郎 特撮合成  田中貞造
出演-高田美和・藤巻潤・青山良彦・五味龍太郎・島田竜三・遠藤辰雄・月宮於登女・伊達三郎・二宮秀樹

「大怪獣決闘 ガメラ対バルゴン」との二本立て上映。

タイトル最後の、両目のアップ画面がとても怖い。
正統派時代劇のごとく、物語は淡々と進んでいくが、魔神像の頭にたがねを打ち込み、血が滴り落ちるあたりから急展開。
怒涛の大魔神の怒りが画面を席巻して、圧巻の1/2.5スケールでの特撮シーンが連続していく。

魔神の「目」を、実際の中に入った人の「目」を採用したのは、本邦初。
この年の7月末に公開された「フランケンシュタインの怪獣 サンダ対ガイラ」も、両目はスーツアクターの目だった。
この「大魔神」が、インスプレーションを与えたのではないだろうか。

以下Wikiより転載

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併映作は『大怪獣決闘 ガメラ対バルゴン』。大映京都撮影所作品。
京都と東京の撮影所を使い分け、自社製作による特撮2本立てという興行スタイルは、円谷英二を擁した東宝すら実現できなかった、日本初のものであった。

本作の企画書が大映本社に提出されたのは、1965年(昭和40年)の11月1週目の第124回企画会議でのことで、大映京都撮影所所長だった鈴木炤成、企画副部長だった奥田久司により、チェコスロバキア映画の『巨人ゴーレム』(1936年、ジュリアン・デュヴィヴィエ監督)で描かれたゴーレム伝説に材を採り、大映京都撮影所の特撮技術を活用する旨となっている。作中の小源太や左馬之助などの人名も、奥田によるものである。大魔神の元となったのはプロットのみ存在する『ガメラ対宇宙氷人』に登場する宇宙氷人である。

大魔神の身長は、画面でのリアリズムを考え、黒田義之特撮監督らによって15尺(約4.5メートル)に決められた。
黒田はのちに円谷プロダクションのテレビ作品に参加するが、彼によると、これは本作を観た円谷一社長から声を掛けられてのことだという。

永田雅一大映社長はこの興行を前に、「日本映画界は必ず復興する」との一文を当時の新聞紙上に寄せる意気込みを見せている。

大魔神シリーズはブルーバック合成が非常に効果を上げているが、この1作目の製作に当たって永田は京都撮影所に、ヨウ素電球190個を菱形に並べた11メートル×4.6メートルの大規模なブルーバック用のライトスクリーンを購入している。
交流電気ではライトに光ムラが出るため、このライトスクリーンの電源には撮影所で直流に変換した電流が使用され、万全の態勢で撮影が行われた。撮影の森田富士郎によれば、当時の価格で約1000万円という巨費を投じて輸入したこの機材は、大魔神シリーズ以外には同じく京都撮影所作品の『妖怪百物語』(1968年)など、「妖怪シリーズ」を除けばほとんど出番がなかったという。

1作目・2作目ともに本編と特撮両者にまたがってカメラを回した森田は、「本編と特撮両方を1人で撮らなければ空気層にリアリティが出ない」として、「1人で撮る」ことを条件に本作を引き受けた。森田は本作で撮影監督のポジションの重要性を訴え、これを務めている。

大魔神シリーズは大規模なブルーバック合成が絶大な効果を上げているが、当時の合成画面の現像は合成素材のフィルム同士の調子を合わせるために2日寝かせて行わなくてはならず、現像所で合成画面が完成するまで20日かかるものだった。
『大魔神』全3作に『酔いどれ博士』(三隅研次監督、勝新太郎主演)を挟んでの撮影を進める中、合成画面1カットの費用が当時の価格で30万円かかるため、その成果に対する心労や撮影スケジュール進行のストレスに、森田は「心臓がおかしくなった」と語っている。このため、第三作『大魔神逆襲』は今井ひろしと連名で撮影を行っている。

大映は本作に先立ち、日米合作の航空特撮映画『あしやからの飛行』(マイケル・アンダーソン監督、1964年)を制作しているが、この際には青く塗装したホリゾント壁を使ってブルーバック合成が行われた。しかし、この手法では色ムラが出てしまうため、合成画面に苦心した。アメリカのスタッフは大映自前の東京現像所を信用せず、ブルーバック合成の現像はアメリカにフィルムを送って行うという状況だった。これを見た森田が、翌年の1965年(昭和40年)に玩具の戦車が大映京都撮影所正面入り口から出て来るというブルーバックのテストフィルムを独自に撮影すると、出来栄えが良かったために所内で評判となり、『大魔神』の企画のもととなったという。

三部作すべてで大魔神役スーツアクターを務めたのは、プロ野球選手出身の橋本力である。
橋本を起用したのは黒田義之で、「主役はあんただから」と念を押したという。
撮影は芋の粉やコルク屑、炭粉を使った粉塵が飛び交うものだったが、橋本はカメラが回っている間は、決して瞬きをしなかったという。それによって血走った眼が印象的な当たり役となり、『妖怪大戦争』でも吸血妖怪ダイモン役で血走った両眼を見せ、強い印象を残している。
荒れてしまった目は、茶でしかきれいにすることができなかったという。森田も「あの人には頭が上がりません」と述べている。

作曲を担当した伊福部昭は、「魔神といっても神様ですから、神々しいイメージでいたところ、映像を見たら、青黒い顔に血走った目玉がギョロギョロ動いて睨みつけるというものだったので、さあこれはえらいことになったと、驚きながら作曲しました」と語っている。
伊福部はこの魔神に三音階から成る非常に印象的なテーマ曲を与え、作品世界に重厚な奥行きを構築している。奥田久司によると、奥田をはじめ安田・三隅・森の3監督とも伊福部音楽の大ファンだという。

大映京都のスタッフは、長年築いた時代劇セットのノウハウをつぎ込み、見応えのある建物のミニチュアを制作した。
これらは魔神の背丈に合わせ、フィルムの速度も2.5倍にされたうえ、瓦の各個の大きさまで1/2.5の縮尺で統一されているという徹底ぶりであった。崩れる城門は数十人で引っ張り、ブルドーザーも援用している。
ラストシーンで崩壊する魔神のミニチュアは、高山良策の手によるものであるが想定通りには崩れず、かなりの試行錯誤が行われている。劇中最後の魔神のミニチュアの崩壊は、上方から圧縮空気を当てて行った。

砦のオープン・セットは、京都の沓掛にあった採石場に組まれた。2作目、3作目のオープンセットもこの沓掛の採石場が使われた。
クランク・インは2月3日、クランク・アップは4月10日、テスト期間を入れれば3か月かけて撮影が行われた。

製作予算は企画副部長だった奥田久司によると1億円で、配収も1億円と大ヒットはしたものの、「結局トントンで、あれだけ苦労して利益なし」だったそうである。




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